最近は軽くなりすぎた?新しいメルセデス・ベンツ E200に試乗して分かったこと

公開日:Posted in 試乗レポート by

先日、現行モデル最新のE200と時間を共にすることがありました。六本木のメルセデス・ベンツコネクションで試乗車に入ったその日に一回りはさせていただいたことはありましたが、やはりメルセデス・ベンツだと思わせられるのは、インパルスで感じる感動ばかりではないのです。ジワリとしばらく経ってから心に来るものがあるものです。今日はそんなことについて書いておきたいと思います。

ふと思った夫婦の会話と関係

唐突ですが、これは私にとって憶測の域を出ない、そこはとても弱いところだということは自分でもわかっています。ともかく、この「夫婦の会話」というもの。もちろんあることの隠語的ないい方としてそう表現することもあるのでしょうが、そうでなくともご夫婦間のコミュニケーション。上手く行っているご夫婦はここが滞りなく円滑だとされます。しかし果たしてそうでしょうか?テレビか何かでそんなことを話題にしていることがあったのでしょうか?そんなやり取りを聞いて、聞かれた人が「ええうまくいっています。」と答えたものの、テレビに出る人は表向き上手く行っていても途中でダメになってしまうことも少なくないよなあ、などと野次馬根性でそんなことが思い起こされたことがありました。

ただ、この「夫婦の会話」ご夫婦仲がよく、素敵だなあと思うご夫婦、上手くいっている(とお見受けする)ご夫婦の多くが「お互い物静か」であるように感じられることが多いと思ったのです。だから大切である、それこそが大切だ、とされるその「夫婦の会話」というもの、実態はなく、そんなことではない、いうなれば「阿吽の呼吸」がかみ合っているご夫婦が上手く行っているのだろうなあ。そんなことに思いが至ったりしたものです。

で、さらに思いを巡らせていると、その言葉がない、言葉少なであることもまたある時に強烈な力になるだろうなあということも容易に想像がつきました。要は「愛している」みたいな日本人だとあまり生活の中で乱発することのない言葉、もしそれを口にすることがあったとすれば、その時の破壊力は相当なものではないでしょうか。いう方もそうそういい慣れた言葉ではありません。加減やタイミングがぎこちないかもしれません。やけに力んでいるかもしれません。いわれる方も、何より驚いてしまうことでしょう。いうよりは勇気は要らないかもしれませんが、それでも穴があったら入りたいというような気持ちになるかもしれません。

でもそのギクシャクや、突拍子のない感じを帯びているから、その言葉の字面が持つ意味以上に意味があることなのかもしれません。とりもなおさず、そんなやり取りが日常茶飯事では生活のやすらぎなどあったものではない。ですから通常はそんなことは「言うまでもない」「言わなくても分かっている」ということで言外の夫婦愛すなわち「言葉の要らない」間柄こそが夫婦なのかもしれない。そんなことをちょうどひと月半ほど前にちょっと考えることがありました。ちなみに、だから自分には細君を迎えても夫婦が続くイメージが全くわかないのもこの辺りが原因のような気がしたわけです。まあ、思ったことはできる限り伝えようとしてしまうし。そうすればするほど、会話はどんどん畳みかけるし繰り返すに違いありませんから。

で、なんでこの話をしたかというと、新しいEクラス、まさにこの普段「言葉など要らない」夫婦間に突如投下された歯の浮くような愛の言葉のようなところがあると思うのです。今までのメルセデス・ベンツ、愛情は常にあふれていたと思います。誰よりも強く抱き、やすらぎを与え、乗る人のストレスを最小限にとどめて誰よりも遠くまで行くことができる自動車。でもことさらアピールはしなかった。それを節度としていたのでしょうか、徳の高さとしていたのでしょうか。とにかく、寡黙であり、沈黙のうちに相手を守る。それがメルセデス・ベンツのやり方だったに違いありません。

最近のメルセデス・ベンツは軽くなった?

最近のメルセデス・ベンツは軽くなっちゃった、と何か残念そうにする古くからの自動車愛好家、メルセデス・ベンツファンは少なくないでしょう。確かに軽やか。でもそれだけではないのが今どきのメルセデス・ベンツのように思うのです。先代モデルの頃からその軽やかさは印象的でした。しかし、それにまして今回のものは少し華やかに上質になった印象があります。

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この記事の筆者:中込 健太郎

大手自動車買取販売会社で、クルマの売買業務を経て、本社マーケティングチームに異動。WEB広告を担当し...