「クルマを買うことはひんしゅくを買うこと」秋田良子さんのフェラーリ ディノ246GTを見に行って

最終更新日: 公開日:2016-09-13 | Posted in オーナーインタビュー by

「よく、お金に困ってディノを売ろうと思ったことはないですか?と聞いてくる人がいます。『なんで売らねばならないのか。』と逆に思うんです。手放したらそれで終わってしまうことの損失の方が、売って手にするお金よりもずっと大きいのですから。」そんな風に決然と語ってくださる秋田さんの言葉には、平たく言えば男らしく見えたということになるでしょうが、しかし、女性ならではの胆力のようなものも感じます。

秋田さんのガレージのブドウが食べごろを迎えています

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500キロドライブしてきたのはディノを見るため。秋田さんのお話を聞いているとうっかり見そびれるのでは、そう思うほど尽きません。お住まいから少し離れた場所に駐車場をお持ちで、その一角に洒落たガレージを立てて愛車を収められています。その中にディノと普段のアシのR129、メルセデスベンツのSL320を収めていらっしゃるのでした。それ以外の駐車場は、近くの銀行が外向用クルマの置き場に使用しているとのこと。そちらに移動し、いよいよ生でディノとご対面です。シャッターを開けると、あずき色というか深いボルドーのディノと、シルバーのSL320が前から入っていました。

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▲この地域では、ディーラーでも販売したことのないというSLのハードトップ用のリフトも設置されていた。最近ではSLもリトラクタブルハードトップになり、幌を持たないためこの仕組みは不要だが、「こういうものを要する状況」からしてSLのもつ優雅さは別格だ。

エンジンフードは停めているときは開けてあり、それを閉めて、運転席に座ると、アクセルを踏みキャブレターにガスをポンピングします。時間をかけてゆっくりエンジンをかけます。するとなんとも「官能的」と言う表現はずいぶん言い古されてきましたが、心に染みるのです。うまい歌曲を聞いているかのよう。説得力があるのです。エンジンの挙動の一つ一つが魂をもって産声を上げているようです。名曲ならなんでも感動するわけではありません。演奏家の卓越した技があって、豊かな表現力が曲に宿るものです。アイドリングでのブレもなく、気になるびびり音などもありません。この前の晩にもご一緒した主治医の技、そして少しのことにも気を配り、想うオーナーの慈愛のようなものも、このクルマのエンジン音を聞いていればすぐにわかりました。

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▲農業用の袋を買いおいていて、車庫では下に敷いているという。もちろん車庫を汚さない効果もあるが、主治医に的確な症状を示すため、小さく折りたたんで、主治医に見せるためだ。こまめなこうしたことがコンディションを保つ秘訣なのかもしれない。

そしてゆっくりとクラッチをつなぎ滑り出すようにクルマがガレージから出てきました。台風が襲来しているほんのわずかに丹波を射す日の光のもとに出てきたディノ。最終型のこの個体、買いに来た東洋人は「今すぐに出せるのはこれだけだ」当時はこの色をオーダーしたわけでもなかったとのことですが。夏の盛りが過ぎ、これから実りの秋を迎える丹波。京都を過ぎて田園風景の中をドライブしてやってきた私には「ここに収まるべき仕様」にしか思えないほど、つつましく、節度があり、どこか侘びを感じさせ、きわめてスータブルな仕様にしか感じられないほど、一目見てその佇まいに吸い込まれたのでした。

染み入るような印象を残しているオリジナルのラッカー塗装

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オリジナル塗装のままだというペイントは、すでに端々にクラックの入ったラッカー塗装。実に調合はうまいもののルーフだけはクラックがないと思ったら、新車で日本にやってくる際、コンテナの間に木枠が組まれそれに収まって日本にやってきたこのクルマ。実は船の中で上の積み荷が屋根にへこみをつけてしまったのだそうです。もろもろ登録をしたりする中で、そのルーフは直したとのことで、その時にルーフだけ塗られたため、ルーフだけはフェラーリのオリジナルではなく、日本でのペイントなのだそうです。

しかしうまく処理がされていて、色そのものもしっかり合っているし、何より一緒に齢をとっているので、経年度合いもクルマ全体が一貫しています。もともとは黒にしたかったのだというご主人の希望もあり、リペイントも何度か考えられたそうです。しかしこの色で日本で来たのも何かの縁。珍しい色だし、この色だからこそと言う面もあるというお友達のアドバイスなどもあって、そのままになっているのだと言います。私もこれに関しては、この色だから見る者に染み入るような印象を残している、そう感じるのです。塗るのはいつでも塗れますが、この塗装に重ねてきた歳月は、その時に表現することはできないのです。味わい深いものがありました。そして何よりこの風情を演出するうえで、とても貴重な存在が登録地域の表示「京」の京都ナンバーではないでしょうか。

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と見入っていると、「ブドウができました」と持ってきてくださったのです。ガレージの横に植えられたデラウエア。ようやく食べることができるブドウができた、とのこと。身は小ぶりながら、とても濃厚で甘いデラウエア。ディノを見ながら人房あっという間に頂いてしまいました。そしてその時私ははっとしたのです。ディノの色、今まさに枝から直接採ったブドウと同じ色をしているではありませんか。イタリアからはるか遠く、極東の島国の古都の近くに古い街へ嫁いできたディノ。その土地の風土と、この土地が育んだ人情、そういうものの中で40年ほどの齢を重ねてきたのです。

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なんだか、この一瞬をディノの横で過ごすことができただけで、500キロドライブしてきた価値はあったな。そう感じたのでした。

この後「中込さん、ちょっと出かけましょう」と言って、比較的近いところに面白いガレージを構えている、日本の黎明期のレーサーの全日本鈴鹿1000キロ耐久レースで、クラスを超える走りを見せたレジェンドのようなドライバー桑原彰さんのもとを訪ねたり(ちょうどこの日鈴鹿サーキットではスーパーGT鈴鹿1000キロが行われていた)、前の晩にご一緒した主治医のアキタ自動車さんのもとにお邪魔したりと、盛りだくさんな一日となりました。

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▲桑原さんにはかつてスーパーカーのレースに出るときにドライビングを教わったことがあるのだとか。山の中にあるモーターボートはガレージに来た人をもてなすために応接間代わり。ただで譲り受けたものを有効に利用している。

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▲桑原さんの考えるいいクルマ。快適で早く、だれでも簡単に扱えること。そういう人がこだわる944。これはとても説得力を感じる事だ。もすごく程度のいい944、定期的に火が入りそのコンディションは保たれている。

クルマを見たいからとドライブして出向いた私の旅

自動車文化って何だろう?最近よく感じさせられるのですが、一つ言えることは自動車文化の中心はクルマではなく、人だということです。二度見の名車ディノを所有するも別にひけらかすこともなく、当然になすべきことを淡々としてオーナーとしての務めを果たしている秋田さん。それでも別にコンディション維持のために乗らないわけでもなく、むしろ定期的にしっかりと乗っている。そして、いざサーキットに出れば男性だ女性だということではなく、真剣に勝負に出るというのですから、クルマも本望でしょう。

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▲秋田さんの作品の数々。こうして植栽にはさみを入れると、風通しが良くなり、元気になるものも多いのだという。緑に癒され、緑を蘇らせる。人間と緑の共存、そんなことを考えさせられるお話だった。

そして、そのクルマを見たいからとドライブして初めて訪れる街に出向いた私の今回の旅。こういう連鎖が自動車文化なのではないでしょうか。クルマは人をつなぐ。クルマで人と巡り合う。その横にまたクルマがいる。特にここ数年程、時に値段ばかりが独り歩きするような、クラシックカーまわりの出来事もありましたが、丹波の山に沈みゆく太陽を見て、人生をそのまま映すような輝かしくもきらびやかでもなく、豊穣と感情を少し垣間見ることができるようなディノを目の当たりにして、いったいあれは何なんだと虚しさが込み上げてきたようでした。

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▲購入時から10万キロを超えていたという後期のSL320。エンスージアストのアシにこれ以上のクルマもなかなかないだろう。軽やかながら丁寧なつくり込み。後期では320に右ハンドルが設定されたため左の現存数は案外少ない印象だ。軽やかなSOHCエンジン。これもディノとは別の意味で忘れてはならない一台だ。ちなみによくありがちだが見に行った際「SL500」になっていたというエンブレム。購入する条件は「はったりのそのエンブレムをオリジナルに戻すこと」だったそうだ。もちろん納車前にしかるべきSL320 に戻された。

総生産何百台、何千台、何万台。現在の取引相場が何千万、何億、何十億。そんなことはどうでもいいのです。そのクルマはその一台だけ。そしてそのクルマの価格はプライスレス。値踏みするのではなく、まず愛でたいものだな、再び夜の東海道を東京へクルマを走らせたのでした。クルマを買うことはひんしゅくを買うこと。みんなもっと無理してでもひんしゅくを買って、楽しいカーライフを送らなければ、その思いはここでも覆されることはありませんでした。

▼秋田さんのディノが走る様子は、こちらのYouTubeで紹介されていますので、ぜひご覧ください。
https://www.youtube.com/channel/UC5OR7J2euL8UokedNuv-l5w

[ライター・カメラ/中込健太郎]

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この記事の筆者:中込 健太郎

大手自動車買取販売会社で、クルマの売買業務を経て、本社マーケティングチームに異動。WEB広告を担当し...