お金持ちでもスーパーカーを買わないのはなぜ?そこには2つの理由があった

最終更新日: 公開日:2018-01-09 | Posted in ライフスタイル by

ボクが、自分にとって最初のスーパーカーである「ランボルギーニ・ガヤルドLP560-4」を購入したとき、驚いたことがある。
それは「ボクがガヤルドを購入した直後に、複数の知人が同じようにランボルギーニやフェラーリをたて続けに購入した」ことだ。

ランボルギーニ スーパーカー 購入 理由

なぜ彼らは今までスーパーカーを購入しようとしなかったのか

ボクは、彼らとの付き合いを通じ、彼らが「スーパーカーを購入する資金」を充分以上に保有していることは知っていた。
だから、驚いたのは「購入したこと」そのものではなく、「購入した時期」だった。

なぜ「今」なのか?

驚いたボクは、知人たちにその理由を聞いてみた。
すると、彼らの答えはいずれも「ボク(筆者)がランボルギーニ・ガヤルドを買ったのを見て”自分もスーパーカーを買っても良いのだと感じた”」というものだった。
さらにその理由を掘り下げてみると、大きく分けると以下の2つに分類されることもわかってきた。

1.スーパーカーは自分が乗るには「行きすぎた」存在だと考えていた
2.スーパーカーを購入すると世間から非難されるのではないかと考えていた

スーパーカーは手の届かない存在だと考える人が多い

まずは一つ目の理由「スーパーカーは自分が乗るには「行きすぎた」存在だと考えていた」ということについて。

彼らは充分にお金を持っている。
現に、彼らは3300万円を超えるメルセデスAMG S65や、2000万円のメルセデスG63、2500万円のベントレー・コンチネンタル、3200万円のロールスロイス・ゴーストに乗っていた。
そして、それらのほかにもスポーツカーやミニバン、ワゴンといった「普段用」や「家族用」のクルマも、一台のみならず数台同時に保有している。

ランボルギーニ スーパーカー 購入 理由

つまり彼らにとって「スーパーカーを購入する」ことは、金銭的側面から見ると(ちっとも)難しくはない、と考えられる。
同様に、保管場所についても問題はないはずだ。

では、なぜ彼らは今までスーパーカーを買わなかったのだろう?

その理由はこうだ。

「スーパーカーは、自分が買ってはいけない雲上の、神聖なる存在だと考えていた」。

これは「買うことができるお金を持っていても、”触れてはならない”聖域のようだと感じていたため、購入を考えることすらしなかった」ということになる。
スーパーカーは彼らにとって(ボクにとってもそうだが)憧れの存在であり、「憧れが憧れのまま」終わろうとしていた、とも考えられる。
フェラーリの前会長、ルカ・ディ・モンテゼーモロ氏がフェラーリをこう例えたことがある。

「フェラーリは手の届かない美女のような存在である」と。

ボクはこの言葉の意味をよく理解できる。
フェラーリは、お高くとまった美女であるべきで、気軽に声をかけることができるような「その辺にいるお姉さん」であってはならない。断じて、だ。

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彼ら(前出の、ボクの知人たちだ)にとっても同じく、スーパーカーは「手の届かない美女」であり、自分には無縁で、手に入れようとすると手痛いしっぺ返しをくらう存在なのだ、と考えていたのかもしれない。
そのため、彼らは美女を手に入れようとは考えず「眺めて」いただけであったのだろう、とボクは推測する。

だが、そういった彼らの前に、無謀にも美女に手を伸ばし、手に入れてしまった男が現れた。
そう、ボクである。
そういったボクを見て、彼らはこう考えたはずだ。
「アイツが手に入れることができたのであれば、もしかして話しかけても返事すらしてもらえないと考えていた美女は、じつは気さくなお姉さんだったのではないか。アイツにできて自分にできないはずはない」。

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そして彼らは次々にスーパーカーを手に入れた。
身分不相応だと考えていた雲上の存在が、実は手の届く、手を伸ばしても良い存在だということに気づいた、ということになる。

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この記事の筆者:JUN MASUDA

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