環状八号線メモワール。あの頃の環八は輸入車名店街だった!

最終更新日: 公開日:2016-05-20 | Posted in ライフスタイル by

環状八号線、通称「環八(カンパチ)」。

場所は分からなくとも、もしかしたら、「環八(カンパチ)」という響きは聞いたことがあるかもしれません。東京都北区から大田区までを結ぶ、総延長約45キロの環状道路のことです。

そこは古くから、主に輸入車を扱う販売店が軒を連ねる道として知られています。その昔、環八沿いにある輸入車販売店を巡ったことがある方もいらっしゃるかもしれません。筆者もその一人です。

環八は昔もいまも輸入車名店街

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出典:https://ja.wikipedia.org/

環八内回り。京王線の高架橋をくぐったあたりから、道路の左右に輸入車販売店が見え始めます。そこから小田急小田原線の高架橋をくぐり、第三京浜道路玉川ICの入口を過ぎ、羽田方面に向かうまで。それこそ深夜の輸入車販売店周遊プランが組めそうなほど、あちこちに点在していました。

インターネットがなかった時代は、中古車専門誌などで物件をチェックするしかありませんでした。雑誌の発売日にすぐさまチェック。気になる売り物件を見つけると、その日の深夜にはクルマを走らせ、店舗の前に張りつき、買えもしないのに延々と眺めたものです。当時は、知らない人と偶然鉢合わせても、雑談はあまりしなかったと記憶しています。

環八沿いにあるウィンドウフィルム施工店でアルバイト。レガシィ漬けの日々

ある方の紹介で、環八沿いにあるウィンドウフィルムの専門店でアルバイトをすることになりました。筆者がまだ20代の頃です。当時は「プライバシーガラス」の設定がほとんどなく、連日大忙しでした。

日本車・輸入車を問わず、工場にはさまざまなクルマが運ばれてきます。当時、圧倒的に施工台数が多かったのが、2代目レガシィツーリングワゴン。多いときには1日に3〜4台施工したこともありました。当時、20代半ばでも、ポンと新車のレガシィツーリングワゴンを買ってしまうような人もいたんです…。300万円クラスのクルマなのに。

田舎者にとって環八は超アウェイ。半強制的に左ハンドルの運転を習得する

ウィンドウフィルムの施工は工場で行うことがメインでしたが、ディーラーやガソリンスタンドなどに出張して作業することもありました。メルセデス・ベンツやBMWなどの輸入車は、預かり先から工場まで回送することも多く、忙しい先輩たちが手が離せないときは納引き(いわゆる納車引き取り)を頼まれることもありました。

当時の輸入車はまだまだ左ハンドルの割合いが多く、半ば強制的に環八などの交通量の多い道や、狭い一方通行のところを高級車で運転することになりました。まだ2万キロしか走っていない、ブルーブラックのメルセデス・ベンツ560SEL(W126)をガソリンスタンドから工場まで回送する際、オーナーの方がいらして「まさかお前が運転するのかよ」とにらまれたことは一生忘れません。何しろ、よれよれのツナギを来たアンチャンが引き取っていくわけですからね‥。そう思うのも当然です。

そんな経験が何度かあり、絶対にミスが許されない状況で緊張しながらも、何とか左ハンドル車の経験値を上げていきました。毎日が緊張の連続でした。

並行モノが大量に輸入された時代

筆者がウィンドウフィルムの施工店でアルバイトをしていのは1995〜1996年頃のことです。ちょうど、輸入車新規登録台数がもっとも多かった時期と重なります。当時は円高の影響か、多くの並行輸入車が日本やってきました。LLビーンなどの通販で服を買うことも流行りました。

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この記事の筆者:江上 透

CL副編集長。輸入車関連のセールスプロモーション、ウェブサイト、紙媒体、ラジオ番組の企画/制作/運営...