クルマを本当に知るには、ネットでスペックを調べただけでは分からない。情報収集の「無駄」について考える

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さて、今日は少しクルマそのものから離れたテーマについて話をしてみたいと思う。
そのテーマとは、ズバリ「無駄」だ。

ネットで検索すれば欲しい情報が欲しいだけ手に入る

現代は情報社会である。

欲しい情報は検索すればすぐ手に入るし、そもそも探しにいかなくとも、ニュースアプリやメルマガでどんどん配信されてくる。
クルマのスペックだって、検索すればすぐに出てくるし、記事を書くための調査にかかる時間が大きく短縮され、なんとも便利な世の中になった。

つまり、知識を得るのが容易になったといっていい。

情報収集の効率化

だが、昔はこうではなかった。
クルマのスペックを知ろうとすると、そもそもカタログか雑誌がないとわからない。
そして、カタログや雑誌が手元にないと調べようもない。

だからボクは、クルマのカタログを収集したり、雑誌の記事をスクラップする習慣が身についていた。

なにもボクはここで昔を懐かしんでいるわけではない。
むしろボクは情報化社会の恩恵を受ける立場であり、もっと情報の密度が濃く、スピードも速くなってほしい、とすら考えている。

物ごとを知る「過程」と「結果」について考える

そこでボクはふと思った。
最近はあまり雑誌はもちろん、小説を読むことがなくなったな、と。

かつて、ボクの情報源は雑誌や小説が主なものだった。
ただ、雑誌や小説は何か特定の事象を知りたいということを目的に読むものではない。
最初から「へえー」とか「ふーん」とか「こんなものもあるんだ」と思いながら見るのが雑誌であり、その情景を思い浮かべながら読むのが小説だ。

そうやって読み進んでゆくうちに蓄えられたものがボクの知識だったわけだ。

情報収集の効率化

たとえばクルマ雑誌でホンダNSX特集(昔の話なので初代だ)が組まれていたとする。
雑誌に掲載される情報はスペックだけではない。
開発担当者へのインタビューや、そもそも開発にいたった背景、テスターによるインプレッション、ほかのクルマとの比較があったりするのが常だ。

ぼくはそういった記事を読み、ホンダNSXがなにを目的に、どういった人びとを対象に、そしてどういったクルマをライバルとして開発され発売に至ったのかを知ることになる。

たとえば、NSXホンダにとってはじめての超高速で走行するクルマであったため、最高速付近で走行すると「風圧でワイパーが押さえつけられて動かない」ことを発見した、という記載はいまでも記憶に残るところだ。
それまでのホンダ車のワイパーは時速100km/hでパカパカ動けばよかったわけだ。もちろんNSXは時速100km/h以上で走ることもありりうる。
NSXの使用環境を考えると、時速300km/hでも動くワイパーが必要で、そのためにはワイパーアームの空力性能も向上させる必要があるし、そもそもワイパーを動かすモーターのパワーも高めなくてはならない。

つまり、そこにはNSXというクルマができるまでの「物語」が記載されていた。

そして、NSXのスペックをあらわす数字は、単に物語のない「結末」だとも考えることができる。

だからボクは、ネットでスペックだけを調べて数字を知ったとしても、それはすなわちそのクルマを知ったこととイコールではない、と認識している。
そのクルマを本当に知るには、その「物語」を理解しなければならない、と考えているからだ。

情報収集の効率化

物語が知識に彩りを与える

そういった「物語(過程だと置きかえてもいい)」は非常に重要だ。
それを理解しているかどうかで、その人の話に厚みや説得力がもたらされる場合もある。

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この記事の筆者:JUN MASUDA

新しいモノ、テクノロジー好き。「クルマ好き」に分類されるはずだが、一般にはそれを隠して生きている...