現代のスポーツカーが速くなりすぎた結果、「絶対的な速さはなくとも楽しく走る」という需要も生まれた

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最近のスポーツカーについて、ボクは思うことがある。
それは「スポーツカー」の中でも分化が進んでいることだ。
かつては「スポーツカー」といえば、サーキットを速く走るという目的に特化したものだった。
そのための「必要な要件」がハイパワーなエンジンであったり、強固なボディ、締め上げられた足回りであったワケだ。

最近のスーパースポーツは手におえないほど速い

最近のスポーツカーにおいてもそれらに変わりはない。
だが、そのレベルが高くなりすぎた。

最近のスポーツカー、とくに「スーパーカー」レベルになると、700馬力以上が普通になってきた。
マクラーレン720S、ランボルギーニ・アヴェンタドールS、フェラーリ812スーパーファストといった面々はゆうに700馬力を超えている。

マクラーレン720S ランボルギーニアヴェンタドール、フェラーリ812スーパーファスト

パワーがあるのはいいことだ。
お金と同じで、「あればあるだけいい」とボクは考えている。

ただし、パワーがあればクルマはそのぶん速くなる。
そして、人の能力には限界がある。
動体視力や反射神経や、そもそも四肢が物理的に動く速度などだ。

クルマのパワーが増加し、スピードが速くなったとしても、マニュアル・トランスミッション装着車において、「シフトチェンジにかかる時間」が速くなるわけではない。
それを操作するのはボクら人間だからだ。
しかし現代のスーパースポーツはより強力に、より速くなっていて、「マニュアル・トランスミッションを操作する間に進む距離」が一昔前のスポーツカーに暗べて飛躍的に伸びている。

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この記事の筆者:JUN MASUDA

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