日本は世界に誇れるスーパーカーをつくれないのだろうか…。ボクが考える理由はこうだ

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スーパーカーは”ブランド品”だ

先ほど「スーパーカーは性能がスーパーだからスーパーカーなのではない」と述べた。
よって、スーパーな性能を持つに至ったからといって、必ずしもそのクルマはスーパーカーとはなりえない。

では、なぜスーパーカーは人気があり、売れるのか?
2018年の業績を見ると、フェラーリも、ランボルギーニも、マクラーレンも過去最高の販売台数を記録した。

ボクがここで思うのは、そういった”スーパーカー”を購入している人々の多くは、「性能を購入している」わけではないのだろう、ということだ。

では、何のためにスーパーカーを購入しているのか?
ボクは、現在のスーパーカー購入者の多くが、スーパーカーに求めているのはその希少性やデザイン、そしてそれらをひっくるめた「ブランド性」ではないかと思う。

つまりスーパーカーは、ブランドものの靴やバッグと同じ位置づけで富裕層に購入されているのではないかということだが、仮にそうだとすると、これも日本のメーカーが苦手とする分野だ。

中には合理性を追求した実用品をつくるブランドもあるが、あいにくスーパーカーは実用品ではない(メルセデス・ベンツGクラスは”実用面での”ブランド品だと言えるだろう)。

おそらく日本は世界に誇れるスーパーカーをつくれない。ボクがそう考える理由はこうだ

多くのファッションブランドは、汚れることを気にせずに「真っ白い靴」や「真っ白いバッグ」をつくる。
それがいいと信じているからだ。
そしてその信念が消費者を動かし、購買活動に向かわせ、ブランド価値をより強固にする。

だが、日本の多くの企業はこう考える。
「白は汚れるから、黒のほうがいい。そのほうが実用的で消費者に受け入れられるはずだ」と。

その考え方は間違ってはいない。
しかし、それでは結局のところ実用品であって「華がある」製品にはならない。

スーパーカーは”夢を売る”事が重要だ

以上がボクの考える「日本ではスーパーカーが生まれないだろう」と考える理由だ。
そしてそれは性能的な理由ではなく、企業としてのあり方が原因だと考えている。

言うなればスーパーカービジネスは「夢」を売る商売だが、日本の企業は「夢」ではなく「モノ」を売っている。

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この記事の筆者:JUN MASUDA

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