欲しいクルマを手に入れるとき、パートナーは最大の理解者か?それとも難関か

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彼のアップロードする動画の内容は、手に入れた玩具を開封したり、それで遊ぶ様子を収めたものだ。
彼はいまや多くの同世代の子どもたちの共感を得る代弁者となったわけだが、これは「理解のある」親のもとで可能となったことだ。

もし、その少年が「おもちゃが欲しい」と言ったとき、両親がそれを買い与えなかったらどうだっただろう?
もちろん「25億円」はどこからも入ってこない。

しかし、むやみやたらとおもちゃを買い与えても25億円は入ってこないだろう。
もしかするとその両親は、その玩具を手に入れて喜ぶ姿を他の子どもたちに(もしくはその両親にも)見て共感してほしかったのかもしれないし、子どもに「ちゃんと遊んで、モノを大事にする」ことを教えるために記録として動画を撮影したのかもしれない(少なくとも、お金は”結果”であり、”目的”ではなかったと信じている)。

何かにチャレンジしたい人に対し、「ダメだ」と言うことは簡単だ。
逆に、そのチャレンジを結実させ、その人にとっても、自分にとっても、そして他人にとってもより良い人生となるように導くのは(親であっても、パートナーであっても)難しい。

だから、もしあなたが「何かを欲しい」と切に訴えたとき、聞く耳を持たないパートナーは、あなたの可能性、ひいては自分の可能性すら閉ざしていると言っていいだろう。

逆に、チャレンジしたいと言ったとき、あなたに助言を与えてくれるパートナーは”素晴らしい”パートナーである、とボクは考えている。

[ライター・撮影/JUN MASUDA]

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この記事の筆者:JUN MASUDA

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