旧東ドイツの「ヴァルトブルグ」は、日本人からはもっとも遠い存在のクルマ

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べつにマルクス主義者でもありませんが、東側への憧れ。なんなのでしょうか。我ながら、時々不思議な気持ちになります。文化や芸術、工業製品から人々の暮らしの様式に至るまで。私が育ってきて暮らしているこの世の中とはだいぶ勝手が違いますから、別世界のように感じているのかもしれません。デザインや色彩も素朴で、どこか懐かしいようなものが少なくない。訪れなかった未来ではなく、振り返りようもないあの頃とでも申しましょうか。そんな世界がどこか愛おしいものです。

東ドイツ時代のクルマが現役で走っている

でも、決して昔から取り残されていたわけではありません。むしろ、かつては進歩的だったこともあるほど。そうした時代のギャップのようなものがまた面白いのかもしれません。

ドイツからの便りの中に、そんな東側の時代のクルマがありました。とはいえ、なかなか見かけるのことの少ないクルマ。実は私もこの辺になるとどうも疎くて、少し調べてみることに。このクルマは東ドイツの「ヴァルトブルグ」。チューリンゲン州アイゼナハにあるヴァルトブルグ城に由来するのだそうです。

ドイツの自動車の流れを汲み生産していた工場で、自社ブランドのクルマを製造するようになった・・・という起こりのようです。古くはDKWのエンジンを載せたクルマを製造。この写真の353、あるいは1988年に最後のマイナーチェンジを受けた最終モデル「1.3」に至るまで、基本的にはそのメカニズムに大きな進歩がないまま生産され続けました。最後のモデルにあたる「1.3」では、それまでトラバント同様に2ストロークエンジンを用い、東ドイツの大気汚染の発生に少なからずの貢献度を発揮してきたことから、飛躍的に進化を遂げ(汗)、フォルクスワーゲンの4ストロークエンジンを採用するに至った模様です。

ボディのデザインは、何とも無機質ななもの。こうしてみると、東欧的なものの存在とは「進化しない」、「無機質」そんなところにあるのかもしれません。共産主義は分業制で目の前に流れている仕事をこなす・・・。仕事をこなしさえすればいいのでしょう。そうなると、さらにいいものを!という概念は生まれようがありません。自動車全体がそんな状況で生産されていたとしたら、趣味そのものがなかったかもしれません。多くは趣向を凝らし、他にない独自の個性を込めたクルマ同志の競争で進化してきたのが自動車。その中に、少しだけこんな境遇で作られたクルマがあると、逆に自動車趣味を帯びてくるから不思議ですね。

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この記事の筆者:中込 健太郎

大手自動車買取販売会社で、クルマの売買業務を経て、本社マーケティングチームに異動。WEB広告を担当し...