欧州のスーパースポーツを凌駕したGT-Rも展示。極上車が日本海CCRに集う

公開日:Posted in イベント by

前回に引き続き日本海クラシックカーレビューのレポートの後編です。

前回のレポートはこちらです。

1974年製造以前でフルオリジナルの名車のみが参加。第26回日本海クラシックカーレビュー

戦前型のクラッシックカーたち


▲1935年型ロールスロイス20/25HPランドーレット

参加可能な車両の年式の上限がある以上は逆に、戦前型のクラッシックカーのエントリーもあります。こちらのロールスロイスはロールスロイス&ベントレーオーナズクラブの会長の愛車、ノリタケの森クラシックカーフェスティバルにエントリーしていたシルヴァーゴーストのオーナーのコレクションの一つです。

ロールスロイスが「唯一無二のショーファードリブンカー」という事実は、最早カレントライフ読者の皆様には説明するまでもない事かと思います。このランドーレット型というのはオープンカーの形式の一つで、この通り後部座席のみがオープントップになります。これは主にパレード車に用いられたボディ形式で、かつては王族や国家元首の祝賀パレード等に使用されていましたが、現在ではセキュリティ上の問題からオープンカー自体が要人を乗せたパレードに用いられることが無くなるに伴い「ランドーレット型」というボディ形式も自動車の歴史の彼方へと去りつつあります。

日本では高級車といえば本革シートのイメージが強いですが、本来は運転席と助手席が本革、後部座席がベロア生地等のファブリックという組み合わせが厳密なショーファードリブンカーの様式となります。これは運転席は肌ざわりや座り心地よりも丈夫さを優先した固くて丈夫な本革の生地で作り、オーナーは肌触りがよく座り心地の良いソフトなファブリックの生地を使うという、先日の「ベントリィ」の記事で触れたように、本来ショーファードリブンカーはリアシートに座るオーナーの都合のみを優先した作りに徹するの通例だった事に由る物です。

ただし、このロールスロイスもまた、先日のシルバーゴーストの時と同様、オーナーが「後部座席に座る事よりも自分でロールスロイスを運転して走らせる事」に愉しみを見出しているとあって、この通りインパネにはカーナビが据え付けられています。


▲1936年型オースティン・セブン・ルビー

第二次大戦前のイギリスでの大衆車の普及に寄与し、英国の低価格車の市場において簡易なエンジン付き車両であった「サイクルカー」を一蹴してしまったともいわれています。


▲昭和13年型ダットサン17型セダン

こちらは第二次大戦前の日本の国産車創世期のダットサン、オーナーは全日本サットサン会会長で、日産の座間記念車庫の所蔵車両の整備を一手に引き受ける株式会社サファリモータース(http://www.safarimotors.jp/)の社長。勿論往年の日産車の整備に関しては戦前型から歴代あらゆるモデルに精通したスペシャルショップです。

ちなみに、この当時このダットサンの購入者には開業医が多く、往診用の移動手段として重宝されたことから「医者のダットサン」「ドクターカー」と呼ばれていたそうです。


▲ダットサン会メンバーの集合写真

いつかは戦前型のクラシックカーが欲しいなと思っている筆者が、会長さんに「このダットサンはどのくらいのスピードで走れますか?」と尋ねた所「一応、カタログ上は70km/hくらいらしいけど、実際はせいぜい50km/h出るかなぁ」正直、幹線道路を走るのも性能的に危険なくらいという事でした。残念ながら乗って走らせて楽しむにはちょっと難しいようです。


▲1944年型ウィリスMB(通称ジープ)

本家本元のウィリス製USジープです。第二次大戦中の米軍の車両が当時戦火を交えていた日本にあるというのも数奇な話ですが、「ジープ」は元々は第二次大戦中の米軍の小型四輪駆動軍用車の通称で、後にウィリス社の商標(現在はクライスラーが所有)となりますが、日本では四駆動車そのものの総称として使われるまでになったのはご存知の通りです。

なんと糸魚川市が所有している公用車も展示されていた


▲昭和49年型三菱ジープ(J46型)除雪車

こちらは特別展示のスノープラウ付き三菱ジープ。実は糸魚川市所有の「公用車」であり、今なお現役で使用しているというのは「クラシックカーの町糸魚川」の名に恥じない(?)物持ちの良さといったところでしょうか。


▲昭和43年型マツダK360

クラシックカーイベントといえばオート三輪(?)ですが、マツダK360がエントリーしていました。マニアの間では「ケサブロー」と呼ばれているのですが、「ダイハツミゼットに間違われる」というのはオーナーからよく聞く話です。

よくオート三輪は高度経済成長期の象徴のようにいわれますが、実際は1960年代に入ると4輪小型トラックの低価格化で次第にオート三輪の優位性は薄れてゆき、それまで乱立していたオート三輪メーカーは次々淘汰されマツダとダイハツの二強メーカーに絞られてゆきます。

日本海CCRの名物の一つ、レーシングカー展示


▲ランチア・ストラトスGr.4

それまで日常使用前提の市販車をラリー仕様に改造するのが常識だったラリー競技において、元々ラリー出場を前提に設計したシャシーにディーノ246GT用のエンジンを搭載し、ホモロゲを取得した生粋のラリーマシンです。1970年代に入るとラリー競技もオンロードレースのような高速化の時代に突入します。

ナンバープレートが付いていますが、ラリーレプリカではなく実際に1975~1978年にWRCやサンレモラリー出場した本物のGr.4マシンだそうです。


▲ニッサンR86V1986年ル・マン24時間耐久レース出場車

星野一義・松本恵二・鈴木亜久里によるドライブで実際にル・マンを走ったマシンです。

やはり特筆すべきは本物のル・マン仕様のマシンながらこのクルマもナンバーを取得しているという点でしょう。そもそもGr.Cとは厳密には「プロトタイプレーシング」に分類されるカテゴリーであり、その名が示す通り「プロトタイプ=ロードカーの試作車」という建前上、「一応は」公道走行を前提に設計しているという体を成しているため、2名乗車出来るよう助手席があり、方向指示器・灯火器類やバックミラー等公道を走行するのに必要な補器類を装備することが義務づけられており、あとはタイヤやマフラー、サスセットを保安基準に適合させればこのとおり、本物のレーシングマシンで公道走行も可能となります。


▲1990年型カルソニックスカイラインGr.A

こちらはナンバーを取得はしていないようですが、新車当時ついに国産車も欧州のスーパースポーツを凌駕する時代が来たと熱狂的に迎え入れられたBNR32型日産スカイラインGT-R、前述のストラトスと同様Gr.A規格のレース出走を前提にエンジンやシャシーを設計し、まさしくJapan as No.1と言われた時代の集大成ともいえるクルマでしょう。

当時、GT-RといえばハコスカGT-Rと言い張っていた筆者でも、亡父がR30スカイラインGT-ESを買った日産プリンスのディーラーがレースに出てるのと全く同じクルマを売っていていて、しかもそれがレースで勝ちまくっているというのは衝撃的でした。

あわせて読みたい記事

この記事が気に入ったらCLに「いいね!」しよう

最新情報はFacebookページでチェック

この記事の筆者:鈴木 修一郎

愛知県名古屋市在住。幼少期より自動車が好きで、物心着く前から関心の対象はニューモデルよりもクラシ...