人生を変えた1台。少年時代から待ち望んでいた「スバル360」オーナーへの道

公開日:Posted in コラム by

筆者の記事で時折出てくる「レストア中のスバル360」の話ですが、ふとCLカーズ上では自分のスバル360について詳しく書いてなかった事に気づいたので、たまにはスバル360の事も書いてみようかと思います。

筆者が所有しているのは昭和44年型スバル360スーパーDX。1999年の購入時は青に再塗装されていましたが、2002年に純正色サテンブロンズに再塗装。2015年あたりから再び塗装面のクラックやパテの割れが目立ち始め、2016年末から一念発起でDIYレストアを始め、2018年5月現在はプラサフ処理の状態となっています。21世紀を前にして、はじめてのマイカーがスバル360というのもずいぶんズレた話ですが、それでも所有からもうすぐ20年、ちょうど節目の記念にと思い自分でレストア作業をしています。

人生を変えた1台

▲この当時はまだデジカメを持っておらず、紙焼きの写真は2000年の東海豪雨の水害に被災したため、納車直後の写真はあまり残っていません

この10年くらいはセリカか亡父のクルーがメインユースになってしまい、スバル360に乗る機会は減ってしまいましたが、筆者にとってスバル360は人生を変えた1台といってもよいでしょう。

以前、別の記事で幼少期はVWが好きだったと書いたことがあります。就学年齢になるまではむしろVWのカブリオレに憧れ、玩具店でVWのミニカーを見つければ親にねだったものです。ところがその一方で不思議と気になるクルマがありました。それがスバル360です。スバル360が過去の存在になりつつあった1976年生まれの筆者が、どうやってスバル360を知ったのかは今となっては知るすべもありませんが、「福音館あかちゃんの絵本・じどうしゃ(寺島龍一)」(その界隈ではかなり有名な絵本ではないでしょうか)を見て「スバル360」と言った記憶がうっすらとあるので3歳くらいのころには「スバル360」を知っていたようです。

最初は「VWとそっくりなヘンテコリンな国産の軽自動車」という程度の認識だったのですが、就学児になり、自動車関連の図鑑や児童書が読めるようになるとスバル360が日本の自動車の歴史に名を遺すクルマで、当時ですでに有数の自動車生産国となった日本で、はじめてだれでも買える大衆車として登場したのがスバル360と知り、「小さいながらもよく走った」という当時を知る人の話を聞くうちに、次第に興味はスバル360に移ってゆきます。

少年時代の心の支えとなったスバル360

時はバブル前夜、残存数は確実に減りつつも、まだ稀に街中で見かける機会もありました。近所にあった名古屋スバルの中古車センターの一角に、スバル360が入荷するたびに見に行き、自宅周辺でスバル360がある場所は、実動車・不動車問わず、すべて記憶していました。

もちろん、ご多分にもれずそんな変わり者は学校のクラスでも浮いた存在となり、引っ込み思案もあっていじめのターゲットになるのがお約束です。少年時代、少女時代いじめを耐え抜いた経験のある人にとっては何かしら心の支えになった物があるかと思います。映画だったり、マンガだったり、音楽やミュージシャンだったり、あるいはそれを自分で創作して発表したり、楽器を手にしてバンドを組んだり、それで鬱屈した学校生活を乗り切った人も多い事かと思います。その心の支えとなったのが筆者にとってはスバル360だったのです。時折中高生が学校生活での理不尽を苦に自殺するというニュースを耳にしますが、筆者にとってはスバル360に乗らないことには死ぬわけにはいかない、という一心で思いとどまったといってもいいかもしれません。

そんな折、1990年の第1回トヨタ博物館クラシックカーフェスティバルに行ったときのことです。中央ステージでの車両紹介で、司会の方が見たいクルマのリクエストを募った時に思い切ってスバル360が見たいとリクエストした時の事でした。会場がざわついたのを記憶しています。

あわせて読みたい記事

この記事の筆者:鈴木 修一郎

愛知県名古屋市在住。幼少期より自動車が好きで、物心着く前から関心の対象はニューモデルよりもクラシ...