1970年代の逸品スーパーカー「デ・トマソ・パンテーラ」

最終更新日: 公開日:2015-02-04 | Posted in コラム by

デ・トマソ・パンテーラは、デ・トマソ社が車両の設計開発・生産までを請け負い、販売はフォードが行うというスタンスを取っていました。フォード側の思惑として、デ・トマソ・パンテーラにはシェルビー・コブラの後継車という意味合いを持たせていたようです。では、デ・トマソ・パンテーラがどのように市場に受け容れられ、歴史を重ねていったのか?紐解いていきたいと思います。

リーズナブルなスーパーカー「デ・トマソ・パンテーラ」

デ・トマソ3作目のスーパーカーとなるデ・トマソ・パンテーラは、フォードとの共同開発として誕生し、主に米国マーケットで販売されました。当時のスーパーカーと言えば、ランボルギーニ・カウンタック、マセラッティ・カムシン、ロータス・ヨーロッパなどが代表的な存在でした。それらはすべて自社製の高性能エンジンを搭載していましたが、パンテーラはフォード製のエンジン(5.8L V8 OHVで330ps)を搭載していました。

当時としては、ハイスペックな部類ではありましたが、エンジン自体はノンチューニングでした。そのため、デ・トマソのセンスが活かされた斬新なデザインのスーパーカーとして、デ・トマソ・パンテーラは他車と比べると安価(1万ドル以下)で購入できたことから、人気があり、1972年には生産台数は2700台を記録したのです。

デ・トマソ・パンテーラの開発秘話とその軌跡

デ・トマソに「高性能なスポーツカーを販売したい」という米国フォードからのオファーがあり、1970年1月にプロトタイプを完成させ、「年間販売台数5000台以上」というスーパーカーとしては史上初の大規模プロジェクトがスタートとします。1万ドル以下という販売価格のために必要に迫られたのは、コスト削減、大量生産、そして購入してもらうために衝突安全性をかなえる車両設計でした。

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この記事の筆者:CL編集部

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