専門である中古車についても、私は「教える」ことができない理由

公開日:Posted in カーゼニ by

過日。とある企業のとある編集部からとある依頼を受け、とある案件に関わる文章を書いた。……「とある」が連続する悪文で恐縮だが、まぁとにかくそれは約10日後、インターネット空間に公開された。しかし私は大変に困った。なぜならば、編集部がその文章に「○○○教えます」というタイトルを付けてしまったからだ。

それがなぜ困るかというと、私には他人様に「教える」ことができるものなど一つもないのである。

専門である中古車についても、私は「教える」ことなどできない

そもそも「教える」とはどういう意味なのだろうか? デジタル大辞林によれば、どうやらそれは以下のような行為を指す日本語らしい。

1 知識・学問・技能などを相手に身につけさせるよう導く。教育する。教授する。
2 知っていることを相手に告げ知らせる。
3 ものの道理や真実を相手に悟らせて導く。戒める。教訓を与える。

……なかなかの上目線である。何事においても私は1の「導く、教育する、教授する」というほどの立派な知識や見識は持ち合わせていない。そしてもしも私ごときが3の「悟らせる、戒める、教訓を与える」をやろうものなら、鼻で笑われるか殴られるかの二択となるだろう。

せいぜい2の「知っていることを相手に告げ知らせる」ぐらいならできそうな気もするが、これに関しても油断はできない。

私が「知っていること」といえば中古車のこと、それも主には輸入車のユーズドカーに関するあれこれだ。これについては28歳の頃から20年以上にわたり本職の記者を続けているので、それなりに「告げ知らせる」こともできなくはない。

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この記事の筆者:伊達軍曹

外資系消費財メーカー日本法人本社勤務を経て、出版業界に転身。輸入中古車専門誌複数の編集長を務めた...