自動車ライターの友人から学んだ「継続」および「メンタル」のどえらいパワー

公開日:Posted in カーゼニ by

ご存じの人も多いかもしれないが、マリオ高野くんという自動車ライターがいる。熱狂的なスバリストで、スーパーGT SUBARU BRZ GT300の公式応援団団長も務めている。彼はわたしの友人というか後輩というか、まあ簡単に言ってしまうと友人なのだが、今日、彼に関するものすごいものを見てしまった。具体的には「継続」および「メンタル」という物が持つどえらいパワーである。

キャッチボールもマトモにできなかった男

マリオ高野くんは、わたしが主宰する中年草野球チーム『東京フォッケウルフ』で外野手を務めている。で、本日朝6時から某所で行われた早朝練習にてマリオ外野手は、センターやや後方に飛んだフライに対して軽快に後退しつつ、「シュタッ!」と見事な体勢で捕球。そして中継プレーに入った遊撃手、つまりわたしに向かってどストライクの返球をよこしてきたのだ。

「……草野球とはいえ、外野手が比較的シンプルな外野フライを取って、そんでもってショートにちゃんと返球するのは、まぁ普通といえば普通のことでは?」

あなたはそう言うかもしれない。確かにおっしゃるとおりだ。

しかしわたしは、10年前のマリオ高野くんの無残な姿を知っているわたしは、どうしてもそう思うことができないのだ。

今から10年前の2007年。中年草野球チームの設立を目論んだわたしは、当時同僚だったマリオくんを誘い、会社近くの神社裏手でキャッチボールの練習を始めた。野球なんて約30年ぶりなので、「まずはキャッチボールから」と思ったのだ。

わたしは、30年ぶりとはいえまぁフツーぐらいには投球および捕球ができた。

しかしマリオくんは違った。

右投げの彼がボールを真っ直ぐ投げようとすると、リリースポイントが悪いのか、球は彼から見て左方向に思いっきり逸れる。「もっと真っ直ぐ、なんだったら右方向に投げてみるイメージで!」と言うと、今度は右方向に大きく逸れる。由緒ある神社の壁面を破壊せぬよう、わたしは渾身のジャンピングキャッチを繰り返した。

捕球についても困難を極めた。ごく普通の速度の、胸や顔あたりに向かってくるボールを捕球することができず、まるで昭和のプロ野球ニュースにおける宇野選手のようにおでこにボールを当て続けた。それだけならまだしも(マリオは痛いだろうが)、ごく普通の正面の球を後逸してしまうため、やはり由緒ある神社を破壊しそうになった。

「マリオ……今日のところはとりあえずやめとこうか」

わたしは彼にそう告げた。お昼休みのキャッチボール練習はその後、二度と再開されることがなかった。

不屈の魂で練習を継続し、劇的な進歩を遂げる

あれから8年が経過した2015年8月。わたしは前述の中年草野球チームをやっと発足させることができた。チームには当然、友人であり、(観るほうの)野球経験豊富なマリオ高野くんも参加した。

だがあれから何の練習もしていないのだから、当然マリオくんはマリオくんのままだった。

打撃のほうは長年バッセンで独り黙々と鍛えていただけあってなかなかのモノなのだが、守備はからきしだった。外野フライの落下点に入ろうとすれば、その目測には軽く3m以上の誤差が生じていた。たまたま目測が合うと、やはり宇野選手のようにおでこにボールをぶつけた。

「これはダメだ……」と内心思ったわたしは、主将として彼に「君は守備では使わない。DH(指名打者=守備をしないで打つだけの人)として頑張ってくれ」と告げた。

しかし彼は腐ることなくその後2年間、ほぼ皆勤賞のレベルでチーム練習に参加し続けた。まぁそれで徐々に上手くなれば美談なのだが、1年経っても1年半経っても、やっぱりマリオくんはマリオくんのままだった。おでこにいつも絆創膏を張っていた……というのは嘘だが、まあそんな感じだった。

しかし初練習から1年半ほどが過ぎたある日、マリオ外野手に変化の兆しが見えた。

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この記事の筆者:伊達軍曹

外資系消費財メーカー日本法人本社勤務を経て、出版業界に転身。輸入中古車専門誌複数の編集長を務めた...