アイキャッチ画像
カーゼニ

更新2017.03.27

一部のドライバーが「自動車の危険性」をナメすぎな現状に警鐘を鳴らす

ライター画像

伊達軍曹

過日、自分はここカレントライフにて「トンネル内走行中にヘッドライトを点灯させないことの危険性」に関する小論文を発表した。世界に冠たるカレントライフの強烈な媒体力と、不肖わたくしの並ならぬ文章力および霊力により、論文発表後の本邦ではトンネル内をヘッドライト不点灯にて走る不逞の輩は絶滅するはず……と思っていた。

だがそれは完全な思い上がりだった。昨日も今日も東京・山手トンネルではライトを点けぬまま走行する不逞の輩が跋扈し、それ以外にも本邦の道路上は「ウインカーを出さずに車線変更するおっさん」「30km/h制限の住宅街を推定70km/hで爆走するにいちゃん」「一時停止を完全スルーするおばはん」などであふれかえっている。

自分は無力だった。しかし無力な者なりに、なんとかこの状況を改善し、そして自動車社会の明るい明日を創造するための屯田兵あるいは銃剣歩兵として死んでいきたいという、それなりの強い思いはある。

それゆえ自分はいろいろと考えてみた。不逞の輩を根絶するための施策を。

一部のドライバーは「クルマのヤバさ」をナメすぎ!


5ae70d95dbfdd0c82a76ab7490b3b52f_s

「ライト点けない」「ウインカー出さない」「一時停止しない」「スピード出しすぎる」などの不逞行為それぞれには、それぞれの理由があるのだろう。しかし根本的な理由は「クルマっつーものの危険性をナメてる」という一言に集約されるのだと思う。

クルマというのは、好きな者にとっては非常に楽しいものであり、大して好きではなくただ必要だから乗ってるだけの者にとっても、基本的には便利快適きわまりないものである。しかし同時に「超絶危険なシロモノ」でもあることは論を待たない。

なにせ重さ1tとか2tとかある鉄の塊が60km/hとか100 km/hとか、現実的な運用としては130 km/hとかで動くのだから、その運動エネルギーたるや、まぁ算数が苦手な自分ゆえ具体的な数値は出せないが、とにかく「どえらいモノ」である。

そんなどえらいモノが、自動車専用道路を除けば歩行者のすぐ横とかを走り、歩行者がいない自動車専用道であっても、側方や前方および後方を走るクルマと特に何の防御壁もないまま、走っているのだ。今のところ当たり前のようにそんな状況下でクルマを走らせている我々だが、これは冷静に考えれば、南スーダン共和国の一番ヤバいエリアに社名入り手ぬぐいを持って挨拶回りに行くに等しいヤバさである。

それゆえ当然ひとたび事故が起きれば、人間の華奢な肉体など瞬時にして粉々グチャグチャになる。そして自分が粉々グチャグチャになるだけならまだあきらめもつくが、他人様、特に将来ある子供や若人を自らのミスと怠慢で粉々グチャグチャにしてしまった日には、悔やんでも悔やみきれない。つーか万死に値する。

そんな感じの恐ろしい乗り物でもある現在の自動車であるため、自分はとてもじゃないが「ライト点けない」「ウインカー出さない」「一時停止しない」「スピード出しすぎる」みたいな不逞行為はできない。決してわたしが超絶善良な人間性を有しているからではなく、ただただ粉々グチャグチャになったり、させたりするのが怖いからだ。

外車王バナー外車王バナー旧車王バナー旧車王バナー

実は筆者も起こしかけたチャリ少年との接触事故


0f924dd77c3a52e3a62d0e4817c49274_s

そんな自分でも過日……といってもカングーに乗っていたときだから数カ月以上前のことだが、自転車に乗っている少年を轢き殺しそうになった。

某所の交差点で左折ウインカーを出しながら信号待ちをしていた自分は、前方の信号が青になったため「よしゃ、左折したるか」と独りごちながらゆっくりと発進し、ステアリングを左方向に回転させた。当然だがその前の段階でミラー等にて後方の安全確認は行っている。

しかしその刹那、助手席に座っていた家の者が「あっ!!!」と悲鳴を上げた。何がどう「あっ!!!」なのかまったくわからなかったが、今は悲鳴の理由を詳細に推測および追及するべきときではなく、とりあえず急ブレーキを踏むべき局面である。おそらくは悲鳴発生から0.1秒後に自分はギュッとブレーキペダルを踏み込み、黄色いカングーを即座に完全停止させた。

すると左側方から自転車らしきものが急停止したような音が聞こえ、見てみると、やはり自転車であった。小学6年生か中学1年生ぐらいに見える少年が乗っている。幸いにして接触はいっさいしていないようだ。自分と少年はアイコンタクトを取り、少年に「どうぞ、行ってください」と促したが、少年は大人びた表情と仕草で「アフター・ユー」と言い、わたしを先に左折させた。

要するにこの「事故未遂」は、わたしが左折開始前にミラーを見た際にはいなかった(いや、遠くて見えなかった?)自転車が強烈なる猛スピードで、左折を開始したわたしの側方に突っ込んできたのである。それを、ぼうっと外を見ていた家の者が視認して「あっ!!!」と叫んだわけだ。悲鳴に助けられた。ありがとう、家の者。

ほんの一瞬の油断ですべてがアジャパーに


3b0d979b93dc5f5a26fb371aaa9d1fe8_s

仮にこのとき、わたしが急ブレーキを踏まず、あるいは家の者が悲鳴を上げず、そのまま少年とチャリンコがカングーの側面に派手に衝突し、そのはずみでひっくり返った少年がガードレールに頭部を強打させて死亡したり、あるいは間の悪いことにカングーのボディ下に少年の身体が入り込んでしまい、それをわたしがズルズル引きずって殺してしまったら、責任の所在はどこにあるだろうか? 悪人は誰なのか?

そんなのは考えるまでもなく、ドライバーであるわたしが「悪」である。

内心は「テメーこのガキ! ウインカー出してるクルマがいるのに無茶すぎるスピードで突っ込んでくんじゃねえよ! 死ねこのバカ! いや死なないで、お願いだから!」と思わんでもないわけだが、そんなのは言い訳にも屁のつっぱりにもならない。ミラーおよび目視での左後方確認を、したつもりだが甘かったわたくしが「犯人」である。

そうしてわたしは過失運転致死傷罪により懲役2年(求刑は懲役4年)の実刑判決を受け、市原刑務所に収監される。それまでわたしは、ガラ空きな高速道路とかを除けば「人一倍」といっても過言ではないほど安全運転を自らに徹底させていたつもりだった。しかしそんなことは何の言い訳にもならず、一瞬の油断だけですべてがアジャパーである。無名ライターなので大したマスコミ沙汰にはならないだろうが、東京新聞の地方欄ぐらいには「『自称自動車評論家』の不注意運転により少年(12)が死亡」ぐらいのベタ記事は出るかもしれない。アジャパー。

……とこのように、クルマというのは素晴らしい乗り物であると同時に、大変危険でヤバいものでもあるのだ。そこんところを激しく忘れている不逞の輩どもにその危険性を再度思い出させ、事故のない、明るい明日を構築するための施策あれこれを自分は不眠不休で考えたのだが、自動車が持つ危険性のイメージをアッピールする文章だけでずいぶん長くなってしまった。

恐縮ではあるが具体的な施策案については次回、……もしも「次回」があればだが、こちら月曜日のカレントライフにて小論文を発表したいと思う。それでは本日のところは失敬する。敬礼。

[ライター/伊達軍曹]

外車王SOKENは輸入車買取20年以上の外車王が運営しています

外車王SOKENは輸入車買取20年以上の外車王が運営しています
輸入車に特化して20年以上のノウハウがあり、輸入車の年間査定申込数20,000件以上と実績も豊富で、多くの輸入車オーナーに選ばれています!最短当日、無料で専門スタッフが出張査定にお伺いします。ご契約後の買取額の減額や不当なキャンセル料を請求する二重査定は一切ありません。