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カーゼニ

更新2018.10.15

渋滞中の車内でできる「普通の中年男」が若者に説教を聞いてもらう方法

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伊達軍曹

エアギターにエアセックス。世の中にはさまざまな種類の「エア」があるものだが、わたくしはこのところ「エア説教」が流行るのではないかとにらんでいる。

「若く未熟な男に説教する」というカタルシス




や、「流行るのではないかとにらんでいる」というのは完全に嘘だが、事故渋滞などによる「運転中の退屈」に悩まされているドライバー各位にとって、エア説教はこのうえない娯楽というか、ちょうど良い時間つぶしになる可能性大なのではないかと思っているのだ。

そもそも「エア説教」とは何か?

まぁ読んで字の如しの「架空の説教」であり、「渋滞中などの車内で独り、架空の説教相手を脳内にて設定し、その者に向けてひたすら説教や自慢話をする」という行為だ。

人間の――というか女性の心はよくわからない野暮天である筆者であるため、「男の」と言い直そう。男の根源的な欲望にはさまざまなものがあるはずだが、そのひとつに「説教」があるのではないかと、わたくしは思っている。

ある程度の年齢となり、主に仕事における経験・実績を積み重ねた結果、「それなりに」レベルではあるかもしれないが、何らかの自信や方法論をつかんだ中年男。その中年男が、「若く未熟な男」に対して説教をする。まぁ説教というか、正確には人生論ないしは仕事論を語る――といった感じだろうか。

そして自分の人生論ないしは仕事論を拝聴した若く未熟な男が、以下のように大感激し、涙する

「……さすが! 知りませんでした! すごいです! センス抜群です! そうだったんですか……いや今日はホント感激しました! いや~、伊達さんのお話を聞けて本当に良かった! ボクは今モーレツに感動しています!!!」

まぁこの返答はほとんど合コンにおける「モテる女子のさしすせそ」なわけだが、そうだとはわかっていても、中年男にとってこれに勝るカタルシスあるだろうか?

ないのではないかと、わたくしは思う。

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前澤社長ではない「普通の中年男」が説教を聞いてもらうには




だがしかし、エアではなく「リアル」でこれをやるのはなかなか難しい。

なぜならば、単なる普通の中年男に過ぎないわたしやあなたの自慢話や説教を、自分の時間をわざわざ使ってまで熱心に聞いてくれる「若く未熟な男」など、この世のどこを探したって存在しないからだ。

そりゃわたくしやあなたがZOZOの前澤社長であったなら、「ゼニを払ってでもサシでお話をお聞きしたい!!!」と熱望する若衆はたくさんいるだろう。

だがあいにくこちとら特に秀でた能力も実績もない、そこらへんのパンピーである。そんなおっさんの話など、誰も真剣には聞いてはくれないものだ。

それゆえ、一部の中年男はキャバレークラブなる場所へ行ってゼニを支払い、そのうえで20歳前後の婦女子にベラベラと説教ないしは自慢話をしている。彼女らはそれが業務であるがゆえに「さすが! 知らなかった! すごい! センスいい! そうだったんだぁ!」と返してくれるのだろう。

自分はキャバレークラブに行く習慣がないため正味のところはわからないのだが、そこにはそれなりのカタルシスはあるのだろう。楽しいのだろう。それゆえ「キャバレークラブでの説教趣味」を否定するつもりはない。

だが、しょせんは……と言っては失礼なのかもしれないが、それは「ゼニ(ギャラ)を媒介とするトレード」でしかないため、「真のカタルシス」とはほど遠い。

真のカタルシスを得るには、ゼニの媒介なしに、若く未熟な者に「我が人生」を熱く語り、そして若く未熟な者が本気でそれに感激し、できれば涙しなくてはならない。

だが実際は、前述のとおりなかなか難しい。われわれは前澤社長ではないからだ。

しかし、そこで「渋滞中の車内でのエア説教」が生きてくるのである。

最初は謙遜し、徐々に「回転数」を上げていく




例えばだが、東名高速道路が40kmほど渋滞しまくっている。退屈で仕方ないが、「全車速追従機能付きクルーズコントロール」を利用しているため特にやるべき作業もない。ヒマでヒマで、軽く死にたくなる。

そんなときこそ脳内に「若く未熟な男」を登場させるのだ。

そして彼に、「○○さん(←ここにはあなたの名字を入れてください)、今日はぜひ○○さんが業界でそこまで登りつめることができた秘訣をボクに教えてください! お願いします!!!」と言わせるのだ。

これをお読みの中年各位はいろいろな業界でお仕事をされているのだろうが、わたくしの場合はいわゆるマスコミ業界のいわゆるフリーライターであるため、以下、その業界方面を例に「エア説教の流れ」をご説明しよう。

わたしは(脳内で)彼に答える。

「や、特に教えることなんてないよ。ごくフツーのことをフツーにやってきただけだからさ。聞いても、□□クンはたぶん拍子抜けするだけだと思うよ(笑)」

いきなりベラベラしゃべっては男の価値が下がるので、最初はこんな感じでもったいぶったほうがいいだろう。

しかし若く未熟な男は食い下がる。「そこをなんとか! 伊達さんの人生論、文章論をボクはぜひ聞きたいんです! それを参考にボクも将来、伊達さんのような一流のライターになりたいんです!」と。

「おいおい、よせよ。オレは一流なんかじゃないよ」と謙遜しながら、さりげなく「せいぜいコンデナスト・ジャパンのGQとか、岩波書店とか、リクルートとかヤフーの媒体とか、そういった大手でしょっちゅう書いてるってだけでさ」などの自慢をちりばめよう。この時点ですでに若干の脳内麻薬が発生してくる。

そして若く未熟な男にもう少々(脳内で)懇願させたのち、おもむろに(脳内で)語り始める。

「……□□クンがそこまで言うなら、オレも肚を決めて話すよ。本気で話すからさ、今日は□□クンじゃなくて、悪いけど□□って呼ぶぜ。で、□□よ、105%の法則って知ってるか? まぁオレが勝手に作った法則なんで知らないとは思うけど……」とかなんとか、自分が培ってきた仕事術、人生訓のようなものをこんこんと説くのだ。

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車内という密室だからこそ盛り上がる「ごっこ」




「キャバクラとは違うけど、それもしょせんは“ごっこ”だろ? そんなんで本当にカタルシスなんて得られんのかよ?」

そのような疑問もあるだろう。

確かにそのとおりだが、ここは車内である。自分ひとりしかいない密室である。それゆえ“ごっこ”も、時間がたって興が乗ってくるとかなり白熱し、本当に若衆に己の人生論、人生訓をアツく語っているかのような気持ちになれる場合が多い。

もちろん人それぞれかもしれないが、感受性と想像力が発達している人であれば「ごっこの成功確率」は高いと言えるだろう。

まぁそんなこんなで本日、わたくしは集中工事のためウルトラ大渋滞が続く東名高速上にて、脳内に発生させた架空の若者「□□クン」を相手に「105%の法則」から「ちりばめの極意」に至るまでの、ほとんどビジネス書1冊分の量と内容に相当するだろう説教とアドバイスをカマした。

話しながら、わたしは本気で涙した。そして□□クンも、わたしの話を聞きながら涙していた(脳内で)。

「さて……」と、わたしは思った。もちろん周囲の交通状況と安全に留意しながらではあるが、ここまで長時間の説教をカマしたのだから、渋滞はそろそろ解消していてもおかしくないはずだ。

だが眼前の案内板には「ここから渋滞20km」とのデジタル表示があった。

本日の渋滞が長すぎるのか? それともわたくしの人生論、仕事論があまりにも薄っぺらすぎて、あまりにもソッコーで終わってしまったということなのだろうか?

わたしには、わからない。

[ライター/伊達軍曹]



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